essay -1- 2004.5.6
人にはいろんな趣味があるもので、自分の空いている時間をどう過ごすかはその人のライフプランにも通じるものがあると思います。
僕は若い時から、とにかく何でも「したがり」で、とにかく何でもしてみたかった。よく言えば好奇心旺盛で、悪く言えば無鉄砲だったと思い返します。
おかげで、波乗りからスキューバダイビングにはまったり、スキーからエアリエル(ジャンプして宙返りをする競技)にはまったりしましたが、極めつけは、スカイダイビングでしたね。今まで生きてきた物理的空間とは一体何であったのかというくらい、日常を根底から覆されてしまうほどの衝撃で、大気・大地・空気・地球を体全体で体感しました。想像してみてください、ビルの屋上から米粒をひとつ落とした様を。自分が米粒になっているという感動がありました。ある意味究極のスポーツであると僕には思えました。ただ、続けるにあたり、お金と時間がかなりかかってしまうので、それ一回きりで断念しました。 死ぬまでに、もう一回はやってみたいとは思っています。
そんなわけで今から2年ほど前に、知り合いから「サバイバルゲーム」に誘われました。やってる連中は筋金入りで、アメリカ軍やイギリス軍、ドイツ軍の戦闘服に身を包み、エアーガンを持って山の中で、戦闘ゲームをするのです。このゲームに関して批判的な見方をする人もいますが、とりあえずやってみようということで、その知人からベトナム戦争当時のアメリカ軍の戦闘服・ブーツ・ヘルメット・ゴーグル・エアーマシンガンを借りて参加しました。場所は大阪北部の山の中です。全員で8名いて、4人ずつ上手と下手に分かれてゲームは始まります。パンパンパンと乾いた銃声が林の中をこだまする様子はなかなか臨場感があって、最初は映画のワンシーンに出ているような自分に酔いしれていました。何回か組変えした後に、調子に乗って最前線へと匍匐(ほふく)前進で草の中を這って行き、木陰から敵の様子をうかがっていました。相手の班にはスナイパー気取りの若い男の子がいて、みんながマシンガンを持っている中、彼だけはライフルを単発で打っていた。
さあ、これから仕留めてやろうと、木陰から顔を出したその瞬間、スナイパーの放ったライフル銃のBB弾が一発、ものの見事に僕の眉間にバチっとヒットした。それはゴーグルとヘルメットのちょうど間で、これが本当の玉だったら、僕は間違いなく一発で仕留められているわけだ。そう思うと背筋が凍るくらい、不気味な恐怖心が僕を襲った。
打たれた物は、車を止めているところまで戻り、キャンプさながらコーヒーを沸かしたり、 七輪で餅を焼いたりしていた。僕は気を取り戻して、まだ若干震えている手でコーヒーを飲んだ。
それからまた、組変えがあり、僕もまた前線に出ることとなった。もう日も暮れかけていて林の中はだいぶ暗くなり、10月の肌寒さも感じられてきていた。今度は遠く離れた当り障りのないところでじっと身を潜めていようと考え、敵から離れた適当な木陰を見つけて、銃を握り締めながら息を殺して潜んでいた。すると今回は銃撃戦になり、あちこちで銃声が乱れ飛んだ。僕はこのとき完全に舞い上がってしまった。これはただのゲームだと分かっていながらも銃を握り締める手が、ブルブル震えてしまった。眉間を見事に打たれたショックは、潜在意識の中に強烈な恐怖感を植え付けるのには十分だった。こんな時、一箇所にじっとしていたらやがて敵に見つかってしまうと思った僕は、恐る恐る匍匐前進で場所を変えようと木陰から抜け出し、叢の中をゆっくり進んでいる時、すぐ近くで銃撃戦が始まった。飛び交う乾いたマシンガンの銃声に、僕は完全に冷静さを失い銃を抱きしめて、ブルブル体を震わせてしまった。腰が抜けてしまって体が動かないのである。これは笑い事ではなく、本当の事実の話であり、僕に限らず、眉間を打たれた後の人なら同じような状態になると僕には思える。結局僕は一発の弾丸を発射することもなく、ただ叢の中で、じっと時間が経つのを待ち続けた。
この体験は、僕に本当の戦争の怖さを植え付けてくれた。木陰から顔を出した瞬間に眉間に一発喰らった僕はその時点で即死していたのだ。本当の戦争なら、たわごとを言ってる場合ではない。僕は死んでいたのである。それは一瞬の間に起こったことなのだ。生き残った戦友たちから「あいつはいいやつだったのに・・・」としみじみ言われていたのだ。そのうちの気の利いた一人が日本に帰って僕の両親に、僕の形見を届けているのである。
それから、僕は戦争映画に非常に敏感になった。スクリーンの中で叢に息を殺して身を潜めている場面では、その呼吸のリズムまでリアルに感じるのであります。余談になりますが見た映画で一番リアルだったのは、スタンリー・キュービック監督の「フルメタル・ジャケット」でした。最近ではイラクの報道に敏感になっています。いつゲリラから襲撃されるか分からないし、いつ時限爆弾がどこで爆発するかわからない。ちょっとしたタイミングが悪いだけで、その瞬間に死んでしまうのである。考えるだけでおぞましい気がします。
戦争は良くないことだとは、誰でも分かっていることですが、それでもしなければならない状況をつくってしまうのが人間らしいと言ってしまえばそれまでのことですが、現場にいる人間の緊張感は、並外れたものだと思います。
僕は自分に自問してしまいます。果たして僕が戦場に行った時、どんな行動をとるだろうかと。
今の僕には、何ひとつ出来ないのが現状ですが、せめてイラクに駐在している世界中の兵士の身の安全を願うばかりです。無事に母国に帰って欲しい。ただそれだけを願ってやみません。